ナウラたちが暮らす家は、川の近くにある。
そこは郷(さと)の結界ぎりぎりの場所で、1軒だけ離れて建っていた。結界の内側ではなく、外側に、である。
結界の外だから、普通の人には見えてしまう。だからこそ、郷の人々がこの家へ訪れることはない。
それは、カヤが独断で決めたことだった。
郷の男たちが、自分の留守中に夜這いをかけられないように。女たちが、嫉妬で襲ってくることがないように。
そうはいっても、ナウラは昼間、郷の中で仕事をしているわけだから、余り意味はない。
結局のところ、ナウラを独り占めしたい、というのが本音なのだろうと、ツユチカとカルラは思っている。
そんなカヤの気持ちに、ナウラは全く気付いていない。
大嫌いだと叫ぶ日々も、10年近くが経とうとしている。さすがに、筋金入りの意地っ張りも、いい加減素直になれない自分に嫌気がさしていた。
それでももう、顔を見ると条件反射のように叫んでしまう言葉を、どうやったら呑み込めるのか、わからなくなっていたのだった。
川の近くに暮らしているせいか、ナウラの仕事は川に関係するものが多い。
今日は洗濯当番の日。強い陽差しに乾ききった洗濯物を取り込みに来ていた。
次の洗濯物へ手を伸ばすと、ふいに風が吹いた。
ふわりと風に乗った洗濯物は、近くの木の枝にひっかかった。背の低いナウラには、到底届かない高さの枝である。
辺りを見回し、人けがないことを確認すると、ナウラは木に登り始めた。子どもの頃から山で遊び、野山を駆け回っている。木に登ることくらいなんでもなかった。
横に延びる枝の上を慎重に這って、あと少しで手が届く、というところで聞き慣れた声がした。
「その年で木登り?」
見下ろすと、カヤの姿がある。
嫌な時に顔を合わせたと思いながらも、ナウラは、そのまま枝を進んだ。
「あぁ、これ」
そう言って伸び上がると、カヤはひょい、と洗濯物を取ってしまった。
笑いをこらえながら、ナウラを見上げる。
「不便だねぇ、ちっちゃいと」
小さいと言われることが我慢ならないのを知っていて、わざとこう言ってからかうのだ。
あと少しだったのに、と思うと腹が立って仕方がない。
「ほら、飛び降りろ。抱きとめてやるから」
「結構よ」
そう言うと、そろりそろりと、ナウラは木を下り始めた。
その様子を楽しげに、カヤはみつめている。
ようやく地面に下りると、カヤに駆け寄り、洗濯物を手からもぎ取った。
「やっぱり、あんたなんて大っ嫌い」
そう叫ぶと、ナウラはばたばたと駆けていった。
(楽しいといえば、楽しいけどな…)
見慣れてしまった後ろ姿をみつめながら、そろそろ何とかしないと駄目か、と思うカヤだった。