源氏物語の和歌「藤壺」

源氏18歳、藤壺23歳(紫の上10歳)

 −見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに やがて紛れるゝ我が身ともがな−(光源氏)
 −世語りに人や伝へん類ひなく 憂き身を褪めぬ夢になしても−(藤壺)
  「若紫」の巻

源氏18-19歳、藤壺23-24歳(紫の上10-11歳)

 −物思ふに立ち舞うふべくもあらぬ身の 袖うち振りし心知りきや− あなかしこ(光源氏)
 −唐人の袖ふることは遠けれど 起ち居につけてあはれとは見き− 大方には〔思ひ侍らず〕(藤壺)
  「紅葉賀」の巻

 −いかさまに昔結べる契りにて この世にかゝる中の隔てぞ−(光源氏)
 −見ても思ふ見ぬはたいかに嘆くらん こや世の人の惑ふてふ闇−(王命婦)
  『こや』=人の親の心は闇にあらねども 子を思ふ道に惑ひぬるかな (後撰集、藤原兼輔)
  「紅葉賀」の巻

 −よそへつゝ見るに心は慰まで 露けさ増さる撫子の花− 「花に咲かなん」と思ひ給へしも、(光源氏)
  『花に』=我が宿の垣根に植ゑし撫子は 花に咲かなんよそへつつ見む (後撰集、読み人知らず)
 −袖濡るゝ露のゆかりと思ふにも なほ疎まれぬ大和撫子−(藤壺)
  「紅葉賀」の巻

 −盡きもせぬ心の闇にくるゝかな 雲井に人を見るにつけても−(光源氏) 独詠
  「紅葉賀」の巻

源氏20歳、藤壺25歳(紫の上12歳)

 −おほかたに花の姿を見ましかば 露も心の置かれましやは−(藤壺)
  「花宴」の巻

源氏23-25歳、藤壺28-30歳

 −冴えわたる池の鏡のさやけきに 見慣れし影を見ぬぞ悲しき−(光源氏)
 −年暮れて岩井の水も氷閉ぢ 見し人影のあせも行くかな−(王命婦)
  「賢木」の巻

 −逢ふ事の難きを今日に限らずば 今幾世をか嘆きつゝ経ん− 御ほだしにもこそ(光源氏)
 −永き世の恨みを人に残しても かつは心をあだと知らなむ−(藤壺)
  「賢木」の巻

 −九重に霧や隔つる雲の上の 月をはるかに思ひやるかな−(藤壺)
 −月影は見し世の秋に変はらぬを 隔つる霧の辛くもあるかな−
  「霞も人の」とか、昔も侍りける事にや(光源氏)
  『霞も人の』=山桜見に行く道を隔つれば 霞も人の心なりけり (源氏物語奥入)
   「賢木」の巻

 −別れにし今日は来れどもなき人に 行きあふ程をいつと頼まむ−(光源氏)
 −長らふる程は憂けれど行き巡り 今日はその世に逢ふ心地して−(藤壺)
  「賢木」の巻

 −月のすむ雲井をかけて慕ふとも この世の闇になほや惑はむ−(光源氏)
 −大方の憂きにつけては厭へども いつかこの世を背き果つべき− かつ濁りつゝ(藤壺)
  「賢木」の巻

 −眺めかる海士の住みかと見るからに まづしほたるゝ松が浦島−(光源氏)
 −ありし世の名残だになき浦島に 立ち寄る波の珍しきかな−(藤壺)
  「賢木」の巻



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