『桜鍔恨鮫鞘(さくらつばうらみのさめざや)』

古手屋八郎兵衛の妻殺しの話(妻の名がお妻)。
文楽では、「鰻谷の段」のみが伝わっています。

主人公八郎兵衛は、古着商を商うお妻、一人娘のお半、お妻の母との4人暮らし。
実は、八郎兵衛は武士。屋敷から盗まれた刀の行方探しとお金の工面のため、町人として暮らしています。
ある日、八郎兵衛が久しぶりに家へ帰ると(刀探しに東奔西走しているのですね)、 いきなり義母から離縁を言い渡されます。
その上、今宵はお妻の婿取り祝言だと言われ、そこにはもう、婿が我が物顔で座っているのでした。
お妻からも愛想づかし(「あんたなんか嫌い!」というわけですが、文楽の場合、裏があります)されて、 八郎兵衛は怒りを覚えるものの、自分には大事の役目があると思い直し、ぐっとこらえて家を出ました。
お妻は実は、お金の工面のために婿取り(多額の持参金有り)を決めたのであって、 本当は離縁などしたくはなかったのです。
祝言のために髪をなでつける母親の姿(ただし普段着)を見て、 お半が「どこかへ行くの?私も連れていって」と何も知らずにせがみます。 そんなお半を前にお妻は涙するのでした。
そこへ婿が現れて、早く閨に来いとの催促。 お半が「母と一緒に寝たい」と言って引き留めようとすると、お半を外へ放り出し、 お妻を閨に引きずり込みます。
真っ暗な外へ放り出されたお半が怖くて泣いているところへ、 お妻の心変わりに合点がゆかぬ八郎兵衛が戻って来ます。
成り行きを娘から聞いた八郎兵衛の怒りはもう止まりません。
止めに入った義母を斬り、お妻をも殺してしまいます。 婿は、近所中にこのことを大声で報せると、さっさと逃げて行きました。
そこへ、八郎兵衛の仲間・銀八がやって来て、切腹しようとした八郎兵衛を止め、 主人が馴染みの遊女と駆け落ちしたことを告げました。
やり場のない怒りに、更に妻に刀を突き立てようとするのを、小さなお半が必死に止めるのです。
『父様、待って、書置きの事、アレアレ伯父様、留めて留めて、書置きの事』
銀八が八郎兵衛を押しとどめると、優しくお半に「書き置きとは何か」と尋ねます。
字が書けないお妻は、遺言を娘に覚えさせていたのでした。
その中身を聞いた八郎兵衛は、お妻と義母の仕組んだこの婿取りの意味を知り、お妻の遺骸にすがりついて嘆きます。
仏間にはお妻が自ら用意した骨桶(骨壺)がありました。
その中には持参金と書状があり、その書状の筆跡により、 主人の刀を盗んだのはこの婿だったことが判明するのです。
そこへ捕り方の声が。
八郎兵衛はお妻と義母の弔い・お半の養育を銀八に託すと、主人を探すため、その場から逃げていくのでした。

あっぱれ貞女のお妻と、母が目の前で死のうとも、母の言いつけを一生懸命守った小さなお半。
始めは意地悪婆として登場するお妻の母も、実は金の工面のために芝居をしていたのだという、 文楽特有の二転三転の展開がとても面白い演目でした。


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