『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』

実話。文楽初の心中物で、事件が起きた1ヶ月後に、上演されました。
文楽といえば「曽根崎」。近松といえば「曽根崎」。というほど有名な演目です。
道行きの文章は絶品。私が最初に文楽に触れた、一番好きなお話です。

北の新地の遊女・天満屋のお初21歳と、醤油屋平野屋の手代徳兵衛25歳は、恋仲。
(実年齢とは違い、二人とも厄年に設定されています)
今、徳兵衛は、伯父である店の主人から、娘との結婚を迫られています。
その結納金を母から取り返したのですが、友人油屋九平次に貸してしまいました。
結婚話を破棄するためにも、結納金を返さなければならない徳兵衛は、九平次に返金を促しますが、 なんと、九平次はとんでもないことを言ったのです。
「金など借りていない。先日印鑑を無くしたが、さては金欲しさに印鑑を盗み、借用証書を偽造したな」
九平次は、印鑑の紛失届けを出しており、どうやっても徳兵衛の無実は認めてもらえそうにありません。
結納金をだまし盗られ、罪まできせられ、徳兵衛は追いつめられたのでした。
天満屋へ来ていばり散らす九平次から、徳兵衛を匿ったお初は、縁の下にいる徳兵衛に尋ねます。
「死ぬる覚悟がありますか?」
徳兵衛はお初の足を押し頂いて、顎につけると頷きました。
その夜、二人は手に手を取って曾根崎天神の森へ行き、見事心中したのでした。

この演目の一番の見所は、なんといっても足のない女性の人形に足があるというところ。
徳兵衛が覚悟をお初に伝えるために、お初の足をそっと、手に包み込むのです。
薄暗い中、真っ白なお初の足はなんとも色っぽく、小さく可愛らしくて…。
それから、最期の心中場面。
お初の帯を解いて、死後も離れることのないよう、互いの身体に巻き付ける場面は、 計6人の人形遣いの立ち回りが見事で、水色の帯が暗い舞台に浮かび上がります。
そして、徳兵衛は、お初を刀で刺し(息絶えたお初からは、人形遣いが立ち去ります)、 自らの喉に刀を立てると、お初を抱きしめながら絶命するのです。
数ある心中物の中でも、この作品がとりわけ素晴らしいのは、筋の運びだけでなく、 哀れにも美しい心中場面があるからなのでしょう。
最後に、近松の名文を。道行文です。
「この世の名残り、夜も名残り。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。 一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなれ。
 あれ数ふれば暁の、七つの時が六鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め。
寂滅為楽と響くなり。
 鐘ばかりかは、草も木も空も名残りと見上ぐれば、雲心なき水の面、北斗は冴えて影うつる、 星の妹背の天の河。
 梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも、我とそなたは女夫(めおと)星。 必ず添ふとすがり寄り、二人がなかに振る涙、河の水嵩も勝るべし」
長々と引用してしまいましたが、なんて綺麗でせつない文章でしょう。
この作品で、私は近松門左衛門が大好きになったのでした。


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