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「遠恋 X'mas」

 待ち合わせまで、あと10分。
 美鈴は、駅前ミスドの窓際に座り、携帯を取り出した。
 今夜は、クリスマスイルミネーションの点灯式がある。駅前商店街の小さなイルミネーションだけれど、近くに大学があるから、学生には人気がある。
 美鈴は、2年前の今日、直輝に告白された。
 大学に入ってずっと友達だった直輝から、点灯と同時に告白された時、正直美鈴は戸惑った。結局付き合うことになったのは、その時恋人がいなかったからという安易な理由。
(今では誰よりも大切な人になるなんて、あの頃は思いもしなかったな)
 社会人になったら、すれ違いばかりで自然消滅するとか、遠恋など絶対に無理だとか、友人たちからはそう言われたが、2人は、いまだに続いている。
 確かに、すれ違いはある。
 お互い社会人1年生、仕事に慣れるのが精一杯で、休みの日には、会うよりも寝ていたいという気持ちの方が強い。せっかくの休日にも研修が入れば、毎週末会うことなど出来はしない。
(快速に乗れば、1時間半だもの。遠恋って言わないんじゃない?)
 卒業後、下宿していた直輝は、仕事場に近い場所へ転居した。片や、美鈴は今も、実家住まいである。
 1時間半。
 その距離は微妙で、会えそうで会えない時間。
 先週、街一番のイルミネーションの点灯式に、直輝は残業で来られなかった。
 それでも、12月に入って仕事が忙しいのは同じだったし、今から行っても点灯式には間に合わないと言われたら、来なくていいよ、と答えてしまう美鈴だった。
 それに、その返事に躊躇する、直輝の吐息が聞こえるから、許してしまうのだ。
(でも、今日は、ね…)
 既に、駅前も、ここミスドの中も、学生カップルでいっぱいだ。去年までは、自分たちもその中にいた。迷惑そうにその間を通り抜けるのは、帰宅するサラリーマンたち。家庭持ちの人には、ロマンティックな点灯式も関係ないのだろう。
 携帯に目を遣ると、待ち合わせの時間から5分が過ぎていた。
 予定の快速に乗り遅れたとして、次の快速は15分後になる。その電車だと、点灯式の時間ぎりぎりだった。
 さっき買った雑誌でも読もうかと、大きなバッグに手を伸ばした途端、携帯が鳴った。
 開口一番謝る直輝に、美鈴はその先の言葉を聞かないで切ってやろうかと思った。
「今日は大切な日だったのに、行けなくてごめん。本当に、会いたかった…」
 落胆と寂しさと、少々の怒りと。
 それなのに、こんな風に言われたら、文句の一つも言えやしない。
 平日の点灯式だし、こうなるんじゃないかと予想していたから、余計である。
 明後日の休みに会いに行く、という言葉に頷いて、電話は切れた。
(やっぱり皆の言う通りなのかな…)
 会いたい時に居てくれない。
 学生とは違うのだから、そんなことは当たり前。
 そう思っても、こんなにカップルだらけの通りを、1人、駅に向かうのは、余りにも淋し過ぎた。
 駅の構内に入ったところで、背後から歓声が上がる。
 美鈴は、涙をこらえると、改札を通り抜けたのだった。


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