近松門左衛門
『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』 あらすじ

その1
醤油屋平野屋の手代・徳兵衛は、丁稚を連れて得意先回りをしています。
生玉神社まで来たところで、馴染みの新地の遊女・天満屋のお初の声がしました。
『ありゃ、徳様ではないかいの』
徳さま、徳さま、と呼ぶ、愛しい女の声を聞いて、徳兵衛は、丁稚を先に行かせました。
『これお初じゃないか。是はどうじゃ』
雁字搦めの遊女が、外出とは珍しい。そう言う徳兵衛に、お初は、近頃とんと逢いに来てくれぬのは、 どういうわけかと詰め寄ります。
そこで、徳兵衛は事情を話すのでした。
徳兵衛は、おばの嫁ぎ先である平野屋で働いているのですが、 この度、店のお嬢さん(従姉妹ですね)との縁談が持ち上がりました。
徳兵衛はもちろん断りましたが、お初のことを知っている伯父は、大層腹を立てました。
実は、強欲な義母が勝手に結納金を受け取った後だったために、 伯父は、それなら結納金を返せと怒鳴ります。
それをどうにか取り返し、伯父である主人に返そうとした矢先、大変な事が起こりました。
友人の油屋九平次が、どうしても金策に困っているというので、その結納金を貸したのですが、 それを返して欲しいと頼み込むと、九平次はこう言いました。
「金など借りていない。先日、実印を無くしたのだが、さては金欲しさに実印を盗み、 借用証書を偽造したな」
九平次は、徳兵衛を陥れるために、実印の紛失届けもちゃんと出してありました。
結納金が返ってこないばかりか、衆人の眼前で証書偽造の罪をきせられて、 殴る蹴るの辱めまで受けたのでした。

その2
天満屋のお初は、昼間の出来事が気になって仕方がありません。
辱めを受ける徳兵衛に駆け寄ろうとも、大事な遊女に傷を付けては、と供の者たちに引き離され、 強引に連れて帰されたのです。
朋輩たちの噂話しに胸を痛めていると、、 表には、憔悴しきった徳兵衛が深く編み笠をかぶって立ち尽くしておりました。
辺りを気遣いながら、お初は駆け寄り、2人は涙にくれるのでした。
『もはや今宵は過されず。とんと覚悟を極めた』
巧妙な罠に、どんな言い訳も認めては貰えないと、徳兵衛は告げました。
店の中へ入るよう促されたお初は、打ち掛けの裾に徳兵衛をそっと隠して、 店に入ります。
お初は縁に座り込み、徳兵衛は縁の下へと隠れました。
そこへ、九平次が悪友たちと現れました。ここぞとばかりに、徳兵衛の悪口三昧。
縁の下で聞く徳兵衛は、歯をくいしばり身を震わせています。 それを、お初は足の先でそっとなだめるのでした。
お初は、徳兵衛の弁護をし、それでもどうにもならないと嘆きます。
『この上は、徳さまも死なねばならぬ品(羽目)なるが、死ぬる覚悟が聞きたい』
と、独り言のように呟きます。
その返事にと、徳兵衛はお初の足を押し頂き、顎につけて頷くのでした。
縁の下に徳兵衛がいるとも知らぬ九平次は、ぎょっとしながらも、悪態をつきます。
あいつにはそんな勇気などない。でももし、徳兵衛が死んだら、俺が可愛がってやろう、と。
その言葉に、お初は、きっぱりと言い返します。
私と馴染みになると言うのであれば、おまえを殺すがそれでもいいか、と。
『徳さまに離れて、片時も生きてゐようか』
徳兵衛と共に死ぬとのお初の言葉に、徳兵衛は涙を流し、お初の足を濡らします。
互いに言葉は交わさなくとも、心の通じる2人。
涙にくれるお初を気味悪く思った九平次は、「懐へ入れた金が重くて、歩きにくい」などと 捨てぜりふを吐いて出ていきました。
もう夜も遅いということで、店じまいをして皆々床につきました。
皆が寝静まった頃、お初がそっと起き出します。
1階の釣り行燈を消そうと、ろうそくの火に向かって、ほうきにくくりつけた扇で風を送るのですが、 なかなかうまくいきません。
ようやく消えたと思うと同時に、お初は2階から落ちてしまいました。
主人たちが起き出して、今の音は何だ、どうしてこんなに真っ暗闇なんだと、騒ぎます。
灯を点けよ、との声に下女が暗がりで、火打ち石を探します。
その暗闇の中で、お初は縁の下から這い出た徳兵衛と、ようやく逢うことができました。
下女の打つ火打ち石の音と共に、からから鳴る戸を、息をつめて少しずつ開けていきます。
最後の音と共に、戸を開け放ち、灯が点くと同時に、2人は外へと逃れ出ることができたのでした。

その3
『お初徳兵衛道行』
2人は、手に手を取って曽根崎天神の森へと向かいます。 そこには、松と棕櫚が一つになった連理の木があるのです。
徳兵衛とお初は、上の着物を脱いで、その木の枝にかけました。
お初の帯を剃刀で裂くと、2人の身体をしっかりと結び合い、互いの姿を見て涙します。
徳兵衛は言いました。幼い頃に両親と別れ、伯父のところで働いてきたが、世話になっておきながら、 恩も返せず、死後の始末まで迷惑をかけるのが申し訳ない。 それでも、冥途にいる両親には、もうすぐ会える、と。
そんな徳兵衛に、お初は、うらやましいと答えました。 私の両親は健在で、私の死を知ればどんなにか嘆くだろう。懐かしいお母さん。お名残惜しいお父さん。
そう言って泣き伏すお初に、徳兵衛もわっと泣きました。
『いつまで言うても詮もない』
お初は、眼を閉じると手を合わせ、南無阿弥陀仏を唱えます。
愛しいお初の身体に、刃を当てられようかと、徳兵衛は何度もためらいますが、 致し方なくお初の喉笛に、ぐっと刀を刺したのでした。
苦しむお初に、遅れてはならじと、徳兵衛は我が首にも刀を突き立てて、2人は息絶えるのでした。
『未来成仏、疑いなきの恋の手本となりにけり』

道行文
『この世の名残り、夜も名残り。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。 一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなれ。
あれ数ふれば暁の、七つの時が六鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め。寂滅為楽と響くなり。
鐘ばかりかは、草も木も空も名残りと見上ぐれば、雲心なき水の面、北斗は冴えて影うつる、 星の妹背の天の河。
梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも、我とそなたは女夫(めおと)星。 必ず添ふとすがり寄り、二人がなかに振る涙、河の水嵩も勝るべし』
 出典:岩波書店・日本古典文学大系「近松浄瑠璃集・上」


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